TL;DR
みんなが「AIっぽい」って言う文章って、大部分「欧文っぽい」だけじゃない? ってことを常々思っているので、何本かに分けてブログにします
和文にはイタリックは存在しない
日本語にはイタリックが存在しないとされています。歴史を振り返っても縦書きの際に前後の文字を繋げることこそありますが、そもそも和字は縦横いずれにも組めますから、書字方向を決められない中で特定の書体としてスタイルが確立されることがないのは自然なことといえます。
したがって和文において現状、文の一部を強調したい際に、書体や文字サイズなどを変えずに使える自然なオプションは、圏点を打つか太字にするか、下線を引くかの三択に絞られます。
往々にして下線(傍線)はハイパーリンクなど特定の意味を持つことがあり、そして、個々の文字の幅が一定とは限らない欧字において圏点はデザイン上相性が悪い(そもそも一文字ごとに圏点を打つ発想が、行頭行末禁則/分離分割禁止文字などを除き基本的にすべての文字が改行可能地点になることと同根に、和字-nativeなものといえます)ため、和欧混植が一般的となった現代の文章では、強調には専ら太字が選択されることになると思います。
それでも無理矢理文字を傾ける(オブリーク)ことはあるかもしれませんが、今取り上げたいのは書体から文章をemphasizeする手段の話なので、スコープから外れます。
欧文におけるitalicの立ち位置
欧文組版においては、italicは“立体以上太字未満”として扱われることが多いです。欧文においてはitalicが存在するほかに大文字/小文字の区別が可能なので、roman, U&lcのいわゆる“普通の文章”以外にいくつかの選択肢を組み合わせることができ、
- BOLD ITALIC, ALL CAPS
- Bold Italic, U&lc
- BOLD, ALL CAPS
- Bold, U&lc
- ITALIC, ALL CAPS
- Italic, U&lc
- ROMAN, ALL CAPS
が理論的には存在可能です。全部大文字(ALL CAPS)はだいぶ“大声”感が強いのでitalic, romanあたりと組み合わせることは少なく、何らかの事情でboldが使えない(ホワイトハウスのツイートなど。なんでホワイトハウスがクソデカ大声でツイートしてんの?)場合に見るかなあ程度です。ともあれ、欧文において、italicはromanより少し強めの強調という感じの意味合いを持ちます。
しかし、欧文においてもitalicが存在しない(透明化されている)ケースがあります:sans-serifです。初期のsans-serifはそもそもitalicが書体として用意されておらず(obliqueで代用していた)、Universくらいに時代が下ってようやく用意されました。それでもsans-serifのitalicはobliqueだとデザイン的に見栄えがよろしくないために実装された側面が強く、本来のitalicの“boldまではいかない強調”のニュアンスは、字形からはかなり失われ、文化的な背景によって読み手が強調の度合いを推し量ることによる補完があってこそのものになっていました。
AIの書いた文章は和文に対してシカゴ・マニュアルを適用したような側面がある
さて時代はさらに下り、2年前くらいからmanusやDevinのようなagentが存在し、1年ちょい前からClaude Codeがあり、これだけ浸透しているんだから、もはやちょっとしたLPをデプロイするだけくらいなら誰にでも(主語デカ)できるといっていいと思います。
いい時代ですが、それらのサイトにはいわゆる“AI臭い”トーンがあるのも日々感じるところで、例えばFVにp5っぽいgenerativeな動きとクソデカ文字、キーワードだけ色がアクセントカラーでイタリック、みたいなアレです。僕はああいうデザインを嫌いだとは思わないのですが、画一的なのも無視できないと思います;結局何を主張したいのかのフォーマットだけが統一されているので目が滑るんですよね。
しかし、このフォーマットって上記のイタリックの強調としての立ち位置と、数年前からコーポレートサイトが楽だし片っ端からサンセリフ一発だったことの画一感に対してバックラッシュとしてのセリフ体起用による人間臭さの付与、みたいな文脈を総合的に見ると、結局時代のトレンドに欧文の正書法のプロトコルが乗っかっただけじゃないの、と分解することもできると思っています。
しかしながら和文にイタリックは存在しないため無理矢理オブリークにするか、もしくは強調が弱まることを許容して立てる、みたいなチグハグが顕在化しているように見て取れます。
これから先、和文のプロトコルに自然な書式の選び方をするようになるかはわかりません。モデルがそうしてくれるかもしれないし、全然そうしないかもしれないし、そもそも読み手が欧文の正書法側に慣れていくこともあるかもしれません。ただ、現時点での違和感の正体として、言語化するのなら“それって欧文の書き方じゃない?”というツッコミがあってもいいのかな、とも考えています。